{"product_id":"book-9784409241585","title":"入管を問う \/ Nyuukan Wo Tou","description":"\u003cp\u003e\u003cstrong\u003e著者:\u003c\/strong\u003e 岸見太一／著 髙谷幸／著 稲葉奈々子／著 (Kishi Ken Taichi \/ Cho Sachi \/ Cho Inaba Nanako \/ Cho)\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e\u003cstrong\u003e出版社:\u003c\/strong\u003e 人文書院 (Jinbun Shoin)\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e\u003cstrong\u003eISBN-13:\u003c\/strong\u003e 9784409241585 \u003cstrong\u003eISBN-10:\u003c\/strong\u003e 4409241583\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e発売日: 20230705\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e入管行政の権力神話を解体する\n\n「不法滞在者」はいかなる暴力を受けても仕方がないのだろうか。なぜ、収容者の命がけの訴えは信用されないのか。そもそも入管法違反とは悪なのか。多角的な観点から入管政策を問い直し、その特質と構造を明らかにする。入管行政によって排除された無登録移民が「社会的に生きられる」社会を実現するための嚆矢となる一冊。\n\n「政治的に存在しなければ、国民国家という政治社会秩序のなかでは、存在していないのと同じことである」と述べたのは、みずからも移民出身の社会学者アブデルマレク・サヤドである。政治的な存在として認知されなければ、社会的な存在をも否定される、とサヤドは論じる。実際、マイノリティは発言しても顧みられることがないし、そもそも発言の場そのものが、与えられてこなかった。新聞や雑誌、テレビなどマスコミの媒体で、意見を求められ、発言の機会が与えられるのは、多くの場合、「有識者」である。誰の意見が「聞くに値する」か誰の発言に「正統性」があるか、これらの判断にあたっては、本書で議論したように、認識的不正義が作用する。その結果、公共空間で発言する機会は、平等に配分されないのである。（「おわりに」より）\n\n◎目次\nはじめに　　髙谷幸・岸見太一\n第1章　入管行政と無登録移民―現代日本における「人権のアポリア」　　髙谷幸\n　　収容と追放のながれ　\n第2章　仮放免者の生活―国家からの排除／市民社会への包摂　　稲葉奈々子\n第3章　収容所とは何か　　髙谷幸\n　　入管収容所の歴史　\n第4章　なぜ収容者の訴えは信用されないのか―感情労働現場としての収容施設における認識的不正義　　岸見太一\n第5章　収容所内での抵抗―ハンガーストライキ　　稲葉奈々子\n第6章　「剥き出しの生」への縮減に抗して―無登録移民の生の保障をめぐる人権と人道　　髙谷幸\n第7章　許可なく暮らすことは悪いことなのか―政治理論から入管政策を考える　　岸見太一\nおわりに―無登録移民が「社会的に生きられる」社会へ　　稲葉奈々子\nあとがき\u003c\/p\u003e","brand":"人文書院","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":55166430511383,"sku":"9784409241585","price":4645.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/1027\/0910\/0823\/files\/9784409241585_1_50.jpg?v=1792306587","url":"https:\/\/ninjapanbooks.com\/products\/book-9784409241585","provider":"NINJAPAN BOOKSTORE","version":"1.0","type":"link"}