{"product_id":"book-9784409241592","title":"はじまりのテレビ \/ Hajimarino Terebi","description":"\u003cp\u003e\u003cstrong\u003e著者:\u003c\/strong\u003e 松山秀明／著 (Matsuyama Hideaki \/ Cho)\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e\u003cstrong\u003e出版社:\u003c\/strong\u003e 人文書院 (Jinbun Shoin)\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e\u003cstrong\u003eISBN-13:\u003c\/strong\u003e 9784409241592 \u003cstrong\u003eISBN-10:\u003c\/strong\u003e 4409241591\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e発売日: 20240322\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e本格的なテレビ研究の誕生\n私たちはテレビの歴史をまだ知らない\n\n1950～60年代、放送草創期のテレビは無限の可能性に満ちた映像表現の実験場だった。演出家や知識人などさまざまな人材が、テレビはどうあるべきかをめぐり激論を交わした知的アリーナであった。その可能性は、いまだ燃え尽きてはいない。本書では、番組、産業、制度、放送学などあらゆる側面から、初期テレビが生んだ創造と知を、膨大な資料をもとに検証する。気鋭のメディア研究者が挑んだ意欲的大作。\n\n「本書では、一九五〇年代から六〇年代前半にさかのぼり、「初期テレビ史」を再考する。日本で初めてテレビ局が誕生した一九五三年から、東京オリンピックが開催される一九六四年前までの、およそ「一〇年間」を対象とする。これはテレビの普及率が加速していく一〇年であり、テレビが誕生して、必死に新しいマスメディアとして確立していこうとした期間でもある。現在のインターネットや動画配信の行く末を考えるためにも、まずは初期テレビの歴史をきちんと読みとく必要があるだろう。メディアの歴史は一定の反復性があるがゆえに、テレビ史からみえるインターネットや動画配信の未来もあるはずだ。テレビ離れとマスコミ批判の時代だからこそ、テレビの歴史を記述しなければならないのである。」（本書より）\n\n◎目次\n序論　かつてテレビは芸術だった　\n\n第Ⅰ部　初期テレビの実験場\n\n第1章　初期ドラマの創造――〈お茶の間〉の芸術\n第2章　初期ドキュメンタリーの思想――〈テレメンタリー〉の発見\n第3章　初期バラエティの創作――〈視覚と音楽と笑い〉の空間　\n\nコラム1　初期ニュースの葛藤\n\n第Ⅱ部　テレビという情報産業\n\n第4章　テレビ立国へ――民放テレビ誕生\n第5章　文化的怪獣の波紋――日常のマスメディアとして\n第6章　壁のない教室――教養のマスメディアとして\n\nコラム2　広告と初期テレビ　\n\n第Ⅲ部　テレビをめぐる新たなメディア論\n\n第7章　テレビという新芸術――〈テレビ的〉とは何かをめぐって\n第8章　学問としてのテレビジョン――「放送学」の誕生\n第9章　知識人たちが創るテレビ論――未来学、そして人類論へ\n\nコラム3　マクルーハン旋風とテレビ\n\nおわりに――あとがきにかえて\n\n年表　一九五〇年代～六〇年代前半のテレビ\u003c\/p\u003e","brand":"人文書院","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":55150502478103,"sku":"9784409241592","price":9000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/1027\/0910\/0823\/files\/9784409241592_1_17.jpg?v=1792298335","url":"https:\/\/ninjapanbooks.com\/products\/book-9784409241592","provider":"NINJAPAN BOOKSTORE","version":"1.0","type":"link"}