{"product_id":"book-9784867821435","title":"アメリカにとって最も危険な夜 \/ Amerika Nitotte Mottomo Kiken Na Yoru","description":"\u003cp\u003e\u003cstrong\u003e著者:\u003c\/strong\u003e マシュー・ダレック／著 座本勝之／著 (Mashuu Darekku \/ Cho Zamoto Katsuyuki \/ Cho)\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e\u003cstrong\u003e出版社:\u003c\/strong\u003e 鳥影社 (Torikage Sha)\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e\u003cstrong\u003eISBN-13:\u003c\/strong\u003e 9784867821435 \u003cstrong\u003eISBN-10:\u003c\/strong\u003e 4867821438\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e発売日: 20250123\u003c\/p\u003e\u003cp\u003eヘンリー・アダムス賞〈2017年〉受賞作品\n真珠湾攻撃の約7ヵ月前の1941年5月、フランクリン・ルーズベルト大統領は、国土安全保障省の前身となる市民防衛局を設立し、ニューヨーク市長のフィオレロ・ラガーディアを局長、ファーストレディのエレノアを副局長に据えた。これは、外国の攻撃から国民の生命と財産を守るために政府が設けた、20世紀初の連邦機関であった。本書は、迫りくるファシズムの脅威に対し、無防備だった1930年代後半の米国が、どのように備え、対処したのかを詳細に記録し、考察するものである。\n\nフランクリン・ルーズベルト政権におけるファーストレディーのエレノア・ルーズベルトは、人種差別撤廃や人権擁護の活動に力を尽くした。1942年2月19日に発令された日系人強制収容の大統領令に同調することなく、自ら日系人収容所を慰問している。第二次大戦後、エレノア・ルーズベルトは国連人権委員会の初代委員長を務め、彼女がリベラルアメリカの象徴と呼ばれる所以になった。\u003c\/p\u003e","brand":"鳥影社","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":55144812904727,"sku":"9784867821435","price":5112.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/1027\/0910\/0823\/files\/9784867821435.jpg?v=1792291946","url":"https:\/\/ninjapanbooks.com\/products\/book-9784867821435","provider":"NINJAPAN BOOKSTORE","version":"1.0","type":"link"}