{"product_id":"book-9784909658746","title":"「文壇」は作られた \/ ( Bundan ) Ha Tsukura Reta","description":"\u003cp\u003e\u003cstrong\u003e著者:\u003c\/strong\u003e 尾形大／著 (Ogata Dai \/ Cho)\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e\u003cstrong\u003e出版社:\u003c\/strong\u003e 文学通信 (Bungaku Tsuushin)\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e\u003cstrong\u003eISBN-13:\u003c\/strong\u003e 9784909658746 \u003cstrong\u003eISBN-10:\u003c\/strong\u003e 4909658742\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e発売日: 20220329\u003c\/p\u003e\u003cp\u003e明治期以降、ジャーナリズムの発達・拡張にともなって、文学者たちのなかに文壇という〈場〉が共同的に創り上げられていく。1920年代に文学上の出発を果たした川端康成と伊藤整。彼らは文壇をどのように意識し、参入し、そしてそれぞれの文学を生み出していったのだろうか。\n彼らが見据え研究し、距離を測りながらかかわりつづけた文壇という場。そこを起点に描く新たな文学史。\n\n【1950年にチャタレイ裁判の被告人となった伊藤は、全文壇人を代表する立場で法廷に立ち、粘り強く闘い抜いた。また同じ時期に『日本文壇史』の連載を開始して文芸批評家、文学研究者としても活躍するようになる。60年代には日本近代文学館設立運動の中心として、文壇の世話役、かじ取り役として尽力している。そして伊藤が深くかかわっていく文壇の中心には、いつも川端康成がありつづけた。伊藤と川端の文学上の関係性は1930年前後を起点としながら、その後40年近い歳月をかけてゆるやかにかかわり合い、からみ合いながら紡がれていく。】……はじめにより\u003c\/p\u003e","brand":"文学通信","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":55179930239255,"sku":"9784909658746","price":4334.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/1027\/0910\/0823\/files\/9784909658746_1_58.jpg?v=1792371375","url":"https:\/\/ninjapanbooks.com\/products\/book-9784909658746","provider":"NINJAPAN BOOKSTORE","version":"1.0","type":"link"}